もう一度、さよ子を公園に連れていってやりたい

板橋区・繁野義雄さん

 繁野義雄さんの妻・さよ子さんは、病院に入院している。寝たきりの状態で自分で食事を摂ることもできない。点滴で栄養補給を受け、酸素吸入を鼻から受け、気管切開した装置で痰の除去を 受けている。夫の義雄さんについてさよ子さんの病室を訪ねたのは9月下旬、小雨が降る日だった。
病院は池袋から電車、バスを乗り継いだ地にあって片道交通費は1,120円、往復2,240円もかかる。義雄さんは今は週に2回ほどの病院通いになったが、入院した時は毎日通ったという。わたしはその話を病院の向かうバスの中で聞きながら、1カ月の交通費を計算した。6万7,200円、すごい金額だ。 
入院している病院は差額ベッド代を取られるという。差額ベッド代のかからない病院が希望だが、さよ子さんのような患者を受け入れてくれる病院は数少ないため、予約しても数カ月先。いつ入院できるか、見通しすらない。

酸素供給メーターを見て、今日は、
落ち着いているようだと、安堵する繁野さん。
さよ子さんの髪を清拭する繁野さんと穏やかな表情のさよ子さん。
 
右:窓の外に広がる緑。さよ子さんは自分でこの緑を見ることはできない。

 今年2月、発作を起こして救急車で緊急入院したさよ子さん。かかりつけの病院に入院したが、診療報酬制度の改悪の影響で、入院をつづけることはできなかった。転院先を探し求め、受け入れてもらうことができたのが現在の病院。病室の開きは1日3,000円の差額ベッド代が必要だった。安い方だった。自宅からは遠いが義雄さんはためらわず入院手続きをとった。
 さよ子さんは公害認定を受けている。医療費はかからないことになっているが、転医するための搬送車(看護士同乗)の費用が6万円、入院しても寝間着代や雑費などで1日1200円がかかる。ざっと計算すると月20万円になる。
 これに病院通いの交通費が6万7,200円。これ以外の支出もあるだろうから、もろもろ計算すると30万円はかかるのではと思う。どうして生活しているのだろうかと思う。

 バスに揺られること30分、その間、繁野さんは妻・さよ子さんへの思いを とぎれることなく語ってくれた。

「なんとか、回復して車椅子に乗せて、公園を散歩させてやりたい」。

 2月、発作を起こす前、握力がなくなった手で、絵手紙に挑戦していたさよ子さん。

「下手な絵だったけれど、描き上げたとき、本人も本当に喜んでいた。その矢先に発作を起こした。子育ての最中に発作を起こして、母親らしいことができなかったことを悔やいで泣いたことが何度もある奴だから、このままで終わらせるのは、余りにも可哀想」。

 都職員だったさよ子さんは、結婚して板橋区・中山道沿いの東坂下交差点のマンションで暮らしていました。そこは都内でも最も汚染が激しい大和町交差点(写真)に近い場所でした。転勤した北区の職場も交通量が多く、空気のよどんだところでした。
 転勤して2カ月目の昭和56年12月、37歳のとき、気管支ぜん息を発病しました。
 以来、入退院を繰り返しました。

3省交渉(2004.10.1)で
原告を代表して発言する夫・繁野さん(左)

夫の清拭を受け、安らかに休む、さよ子さん

 さよ子さんは、裁判の陳述書で「私がぜん息を患って被った被害は、私の生活全てに関わっており、とてもここではあらわしきれません。なんといっても一番つらいことは、子育てに十分かかわれなかったことです。子どもにとって一番大切な時期に、私は母親として子どものためにやるべきことをやってあげられなかったことが心底悔やまれてなりません」と記しています。
 そして陳述の最後にさよ子さんは、
「この苦しみの原因をつくった被告(国と都、自動車メーカー)は、私に謝ってほしい。二人の子どもに謝ってほしい。そして私のような被害者を二度と出さないようにしてください。汚染された東京の空気をきれいにしてください」と書きました。
 病室での取材(写真撮影)を終えて、帰るとき、わたし(インタビュアー)は目を閉じていたさよ子さんに「今日は、ありがとうございました」と声をかけた。すると、さよ子さんは目をまん丸くパッチリと開けて、わたしを見つめました。驚いた様子でした。
 「東京大気裁判の支援をしている者です。裁判に勝利するよう応援しています。私たちもがんばりますから、繁野さんもがんばってくださいね」と、語るりかけると、緊張気味だったさよ子さんの頬がじょじょにゆるんできました。気管切開を受けているため、しゃべることができないさよ子さんが、支援の人間が訪ねてきたことを精一杯喜んでくれ、裁判勝利に
「がんばってほしい」のメッセージを託したようにも思いました。 大変、重い取材でした。(2004.11.1)

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