なんどもしてきた死ぬ思い、
妻と子どもにかけてきた大きな迷惑

森倉次郎さんの場合

 森倉次郎さんは1951年生まれ。30歳の頃から咳がでるようになり、悪い風邪でも引いたと思っ て、さほど気にとめなかった。
 ところが咳がいつまでも取れず、ひどくなる一方。31歳の正月、息ができない発作に襲われて入院。以来、20数年、ぜん息とのたたかいが続いている。
 死ぬ思いを何度もしてきたその死ぬ思い。妻と子どもに大きな迷惑をかけてきたその迷惑を率直にたずねた。(2004.8.24)

死ぬ思いとは、どういう状態になるんでしょ
 呼吸ができない恐怖です。意識が遠くなるんです。そのうち、おしっこがもれたりとか、ひどいときにはうんこがでちゃう。肛門がしまらなくなるんです。

どうしてトイレに行けなくなるんですか
 もうダルマさん状態ですから、その場所から動けないんです。

症状がひどくなって動けな いということですか
 ええ、そうです。だから、そうなる前に医者に行けばいいんですが、まだ大丈夫という気持ちがどこかにあったり、その内、楽になると思ったりしてがまんするんです。それでひとたび発症すると、もうどうにもできなくなるんです。

具体的にはどういう状態になるのですか
 息が吸えない、吐けなくなるんです。気道がふさがれる感じで、だんだん酸欠状態になって頭もボッとしてきて、このまま死ぬんじゃないかという恐怖が襲います。
 実際、それは危険な状態で、なんらかの処置をしないと、死に至るんです。
 わたしは、診療所に勤めてきましたから、ぜん息で何人も亡くなった人を見てきました。ぜん息は亡くなる病気だということを知っていただきたいと思います。

森倉さんは奥さんにさんざん迷惑をかけてきた。3人の娘にも普通の父親らしいことができなかったと陳述書にのべていますね
 あの陳述書で、わたしはすべてを書きました。家族に迷惑をかけっぱなしで、子どもには健康的なというか、夏になったらキャンプに行こう、山に行こうと普通の家庭ではそういう話になるが、わたしの家ではそうはならない。ぜん息があるために行けないとか、制限していた。小学校の運動会で父親と一緒に競技する種目がある。走ることができないから子どもはおもしろくないですね。モチつき大会でもうちのおとうさんモチをつくことが出来ない。音楽会や映画に行っても、いいときに、ゴホンゴホンとする。すると一緒に行っていた家族がすごくつらい思いをしたと思うんです。結婚式の時も、前もって、注射を打つなどしていくのです。何をするにもぜん息に制限されてスタートしなければいけない。家族みんながしばられて自由にできない。もしぜん息でなかったら家族は自由にいろいろなことをやれたと思うと、家族や子どもに申し訳ないと思う。
 だから、こうなった原因を作った自動車メーカーや東京都、国、道路公団は許せないという気持ちがあります。

ぜん息になった原因は特定できました
 タバコは経験はないので、わからないんですけど、本当に自分は病気もしたことがないし、思い当たるふしが全然ないんです。検査はいろいろしました。アレルゲンとか一応全部しました。でも特定できなかったですね。原因は分からないがはっきりしているのはぜん息がめちゃめちゃ続くということと、死にそうな状態になるということで、これって一体なんだろうと。変じゃないのかとわたしも思いました。大気汚染以外に考えるものがないんです。

大気汚染がぜん息の原因
 さっきにも言った通り、わたしは30歳でぜん息になりました。東京大気汚染公害裁判の第一次原告に加わらなかったのは、わたしが住んでいた場所、働いている場所は幹線道路から数百メートル離れていたので、沿道ではなかったのです。だから自分は裁判を起こす対象になるのかなあと思っていた。しかし、幹線道路ではないけれど、結婚した時、住んでいた荒川区のアパート前の道は細い道だったんですが、朝の通勤時間は、いつも渋滞していて、いやだなあ、臭いなあと、思っていたんです。幹線道路の沿道ではなかったが、第1次訴訟がはじまって、段々、話し合っている内に、東京全体が汚れていること、全体的に空気が汚れているということも言われていたので、これは自分も原告に加わるのが正しいのかなあと思って、第2次原告に加わったんです。水戸街道を自転車で走ると調子が悪くなる。大気汚染とぜん息は密接な関係にあることは自分の体感 として感じますから、わたしがぜん息になったのはそれ以外にかんがえられないんです。

病名と治療について
 病名は気管支ぜん息という先生もいますし、20数年やっているので肺気腫になっていると言われた先生もいらっしゃいます。
 肺気腫と言われた時はショックでした。肺がもうだめになって望みがないということですから、絶望ですから。

特に症状がひどかったのはいつですか
 1982年に発症して、1992年に2回人工吸入器をつける大変な状態に陥ったわけですが、その10年間はむちゃくちゃな状態でした。要するに、仕事に行っているのか点滴に行っているのか分からない状態。月の20日間は点滴を受けていましたから。

現在は
 この2、3年の間に新しい吸入薬のステロイドが出たり、プレドニンをずっと飲んでいますので普通に近い生活をしています。

プレドニンは副作用の強い薬だと聞いていますが
 そうですね。だから患者さんの間ではプレドニンは余り使わない方がいいとおっしゃる人もいます。でもわたしは、副作用よりも楽な方がいいと思っていますので先生がプレドニンと言えば、それを飲むことにしています。
 実は今年の春、いくらか調子がよくなったので、プレドニンやめてみようかと先生がおっしゃって、僕も、すごく喜んだんです。とろころがやめた途端、具合が悪くなりました。結局、「先生、プレドニン飲まないとだめだわ」となって、プレドニンを再開しました。ブレドニンをやめることは良くなったことですからすごく嬉しかったので、それが切れなかったのはがっかりしました。しかし、日常の生活ができるのであればプレドニンの副作用を考えても、楽な方がいいと、甘んじて飲んでいます。副作用を心配していません。

昔のような死ぬ思いに襲われる発作ということはなくなった
 ええ、その通りです。今は、当直を月2回もできるようになりました。それもこれもみんな職場の仲間が応援してくれたからです。よく生き延びたというのが実感 です。

ぜん息と向き合う毎日について
 重いぜん息をやっていると肺もボロボロになっていると言われ、肺気腫とも言われているんですが、いまわたしは普通に仕事ができています。突然治っている夢にみることがありますし、朝起きると、すごく気分がいい時がままあるんです。そういう時は、ひよっとしたら治ったんじゃないかと思います。ですから、「治る」という希望は捨てていません。

原告団として裁判勝つことと治すことも願い思いますが、治すことについては
 病気については患者会があるのですが、原告団として支部の集まりを月1回しています。集まりは、高齢者が多いことなどもあっつて、必ずしも良くないのですが、毎月開いてします。
 やはり自分の病気のことを聞いて欲しいとか、病気のことを知りたいという人が多いです。ですかに、時にはそっちの方に話がいくことがままあります。例えばステロイドの使用について俺はプレドニンを規制しているいう人とか、わたしのように飲んでいるよとか個人差があるわけですね。
 個人差があることを知るだけでも役に立つんです。ああそうかと。また、カリンがいいとか、ニンニクがいいとか、いろいろな民間療法があり、それをやっている人もいるから、自分でも試してみる。原告団に入っていると、なんでも聞ける良さがあります。これに医療機関も入ると、なおいいと思いますね。現在は、弁護士が毎回参加してくれるのでそれは本当にありがたいです。

支部の話がでましたが、支部活動はどういうことをしているんですか
 一つは、情報を出し合うことをしています。原告同士、どうしているかということです。で、活動の中心は署名を集めたり、どうしたら原告を増やすことができるか、あるいは、全体の行動を葛飾支部としてどう取り組むかです。もう少し、音信を伝えるようなことができればとは思いますが、力及ばすのところがあります。 「葛飾青空の会」があって、そこがニュースの発行などやってくれていますので本当にありがたいと思います。

石原知事は空気がよくなったとさかんに宣伝していますが、どうですか
 「規制がはじまって空気、きれいになったんじゃない」という人がいることは確かです。ただ、わたしは実感としてないですね。幹線道路に行くと今も具合が悪くなります。

東京都の責任については
 東京都は第三者じゃないです。大気汚染をひどくした当事者です。それなのに健康被害を受けた者に責任をとっていません。おかされた体を治す新しい医療救済制度の創設を要求していますが、これは非常に控え目な要求です。やっぱの健康なからだを返してほしいだけです。まずはそれですね。それができなければ金で払えとなっちゃう。でも石原知事は、このことについては一切やっていませんし、私たちに会うことも拒んでいます。

自動車メーカーについて
 排ガス低減の技術を持ちながら、その技術を使うことをしなかったわけですから責任を取るのは当たり前です。今回の第一次判決はそこを避けていると思います。自動車メーカーは技術を持ち、昭和30年代に大気汚染は認識されていたわけだし、ディーゼル 排ガスが健康に被害を及ぼすことも知っていたわけです。知っていて、やらなかったのは責任があるし、その責任を取らないのはおかしい。それを放置してきた国も許せないです。そうしたことも反映して自動車メーカーのこの問題に対する対応 はにぶいです。いま私たちは地域の支援の方々と一緒にメーカーのディラー訪問をしているのですが、「わたしたちは裁判負けていない」といったり、「国の基準を守ったくるまを作ってきたので責められることはない」という態度だし、ぜん息患者がいることについては「可哀想、お気の毒」という言い方です。売った車に対する責任はまったくありません。ぜん息がどういうものかについての認識もまったくありません。

第一次判決については
 裁判で原告団は東京全体が汚染されていることを訴えてきたのですが、判決は沿道50メートルに限定しました。これがどれほどの根拠があるのか一切説明がありません。もっと事実にそって判決をすべきだと思います。

足立区が大気汚染を自動測定する一般局3局を廃止しました、この動きについて
 大気汚染が現実にあり、ぜん息患者も増えているわけですから常時、大気の監視スシテム強化すべきで、廃止は論外です。この問題はぜん息患者の問題でなく、東京に住むすべての問題として考えて欲しい。知ってもらいたいことは、この病気はだれでもかかる可能性があるということ。東京に住んでいるとだれもがかかりうる病気だということ。いったん病気になると人生を変え、狂わせること。これは何回いっても、いい足りないことはないです。

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